2025年3月5日
こんにちは。
初めてブログを担当させていただきます、街クリ歴半年のNです。
今回のテーマ「好きな駅」について考えてみると、学生の頃に目にした光景が、印画紙に滲むように浮かんできました。
ある8月のドイツでのことです。よく晴れた日の朝、私は RE と呼ばれる快速列車に乗っていました。近代的な建物が立ち並ぶエリアを抜け、牛たちが草を食む放牧地、緑深く連なる森へと、移り変わっていく車窓からの景色に目を奪われながら、目的地までの時間をぼんやりと過ごしていました。
列車がゆっくりと速度を落とし、駅に停まります。私は、自分が降りる所まであと何駅あるかを確認しながら、乗り換え案内の車内放送に耳を傾けていました。
窓外には Schwarzwald(黒い森) と呼ばれる山岳地帯の一端が見え始めていました。ふと、駅名の書かれた看板に目を向けると、そこには「Himmelreich(天国)」とあります。私は目を疑いました。
黒い森には、Höllental(地獄谷)という名の深い谷と、Himmelreich(天国)という集落があることを後から知りました。調べてみると、ここ以外にも、ドイツ国内やオーストリアに、同じ「天国」の名を冠する場所がいくつかあります。Himmel(空)+Reich(国・領域) という字義の通り、標高の高い集落や、山地に多く見られる名前のようです。
複数の言語・文化圏では、固有名詞のおもしろさに出会うことが多々ありますが、いざ目の前に「天国駅」が現れたとき、私はおとぎ話の世界に迷い込んだような気持ちになりました。駅名標の奥に見える自動車や道路標識はとても現実味があり、想像していた天国とは対照的です。そのとき初めて、物語でしか知らない並行世界を体感した気がしました。
駅には降りることなく列車は再び走り始め、それから長い時が過ぎました。その日の光景は今でも鮮明に覚えていて、きっとこの先も、簡単に忘れることはないでしょう。
偶然出会った通りすがりの場所がいつまでも心に残っているように、名前も知らない人との出会いや何気ない会話が、ふとした瞬間に蘇り、また心をあたたかくしてくれる。人生は、そんなちいさな出来事の堆積であるように感じます。
この先、もう二度とその場所に行くことがなくても、再会することが叶わないとしても。海の向こうにある場所や、この世界のどこかで今日も生活している人たちのことを思うと、今見えているものだけがすべてではない、という当たり前のことを思い出させてくれます。
あの夏の日の景色を忘れてしまうほど、もっとずっと先の未来で、もう一度「天国」行きの列車に乗ることができたなら、今度はその地を巡ってみたいと思います。
最後まで目を通してくださり、ありがとうございました◎