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祖父の大学受験

こんにちは。大阪在住のKです。

現在は大阪ですが出身は東京、両親の出身までさかのぼると、更に北に親族が多いです。

母の故郷は北海道で、97歳になる祖父が健在だったため、コロナ禍があけた昨年久しぶりに会いに行きました。

その時、突然祖父が教えてくれた話。「80年前の自分の大学受験記」。

今回のブログのテーマは「学校」ということで、祖父のその大学受験の話をしようと思います。

 

祖父は生まれも育ちも北海道、ずっと旭川近郊から出たことがありません。

そんな祖父の青春時代は、太平洋戦争真っ只中。戦争末期はちょうど徴兵対象の年齢となっていました。

祖父の4人いた兄は全員出征し、帰ってきた兄は1人もいなかったそうです。

そんな状況もあってか、祖父は戦争に行くのがとにかく怖かったとのこと。なんとかならないか考えた結果、理系の大学生になれば数年徴兵免除になると知り、大学受験をするため行動に出ます。

それは「いざ東京の大学へ!片道2泊3日、大学受験の旅」。

 

新幹線も飛行機もなかった時代、まずは旭川から1つ目の汽車、次は札幌から2つ目の汽車、函館からは船で青森へ(やっと本土上陸)、更に青森から最後の汽車…と3つの汽車+船を乗りついで遠路はるばる東京へ。 現在なら高校生くらいの年齢、もちろん戦時下で道中なにが起こるかはわかりません。

「自分でもよく1人で行ったなーと思う!」と祖父は笑っていましたが、当時は汽車から見える本土の景色に夢中だったとのこと。 (畑を牛が耕しているのにびっくりしたと言ってました ※北海道は馬使用)

 

そうして意を決して向かった東京の大学の受験ですが…筆記は通過したものの、面接で残念ながら不合格(:_;)

 

慌てて再び2泊3日かけ北海道に帰り、道内の大学受験にシフトチェンジ。結果、こちらは見事合格!

大学時代に何度か小規模な空襲にあって、肝を冷やしたそうですが、在学中に終戦を迎え、卒業後は獣医師として活躍しました。

考えてみると、東京の大学に落ちたことで東京大空襲にあわずすんだので、これはむしろ良かったのかも。

 

私が思春期の頃は「勉強をしなさい」とよく言ってきて、うるさいな~と思っていた祖父ですが、まさかこんな過去があったとは。それは「勉強大事(命を救ってくれたから)」になるなぁと。

まるで小説のワンシーンみたいな昔話に、ただただ驚きました。

 

当時、大学に行きたくてもいけない人もたくさんいただろうし、祖父はその点恵まれてたと思いますが…

「兵隊さん万歳!」の雰囲気の中「本当は行きたくない」と思った祖父の気持ちは逆にリアルに感じたし、命をかけた大学受験なんて、今では考えられない時代だなと感慨深かったです。

(おじいちゃんの言うことを聞いて、もう少し真面目に勉強すればよかった、反省)

 

さて祖父の東京行きの夢は娘である母に引き継がれ、母は北海道から東京へ、そして孫の私は更に西の関西へ…  単に西へ西へと吹っ飛びたい一族なだけかもしれませんが。

(私も大学時代、青春18きっぷで36時間電車に乗るという経験をしているので、その辺も血筋なのかも…)

 

その祖父が今年1月に他界し、「あの時話聞いてよかったな」としみじみ思います。

なぜ突然教えてくれたのか今となってはわかりませんが、いつか曾孫にあたる子供たちにも、「こんなおじいちゃんがいたんだよ」と『おじいちゃんの大学受験記』聞かせてあげようと思います。